鉄拳さん

また見たいから、備忘録

https://m.youtube.com/watch?v=n08TkE-HdDA

 

中国から愛を込めて

中国の経済発展は思っていた通りプラスアルファか

でも、人々の笑顔が少ないのが印象的だった

 

アメリカから日本に帰ってきた時、笑顔の少なさと下向いて歩いている人の多さに驚いた、ことを思い出した。

 

笑顔の多さ、は幸せの大事なバロメーターだと思う。

 

 

 

結局海外に来るとやはりいろいろなことがどうでも良くなるような感覚に陥いるんだけれど、今やっていることの延長でいいんだと思った。

 

今の延長に幸せにできる人が1人1人増やしていけるイメージも浮かんだ。

 

これでいいんだ。

頑張ろう。

 

シンプル

空港で一人夜中にデッキ

 

とても静かな気持ちになれる

 

何もなくても来てもいいかなって思える。

 

飛行機を見ていて、人生はどれだけ人に幸せを与えられるかなんだな、と心が呟いた。

何も考えずに出てきた。

 

日々いろいろあるんだけど、結局、海外に行っちゃえば、日々のいろんなこと、どうでもよくなれる。

便利なものだ。

 

日々のいろんなことから離れると、シンプルなものしか要らないってことにいつも気付く。

日々のしがらみの中で、余計なことばっかり考えてるんだよね。

本当に考えるべきことなんて本当はあんまりなくて、シンプルなものしか人生には残らない。

 

 

ミスチルも言ってたな

探してたものは、こんなシンプルなものだったんだ

 

 

 

何が自分にとってシンプルなものなのか

それを空の上で見つけられるかな

 

それが一番大切なものだから

持つべきもの、それは人

二年ぶりに、少し疎遠になっていた先輩と会った。

 

ブランクなしに話せた。

 

これが人生を共にすべき人との関係の特徴。

 

持つべきものは、人

 

人生の方向性は見えてきた。

 

 

 

関係ないけど、一曲目が特に好き

https://m.youtube.com/watch?list=PLsanWxcpj7vCMTv1KU2rAqlb94iqMSe7C&v=DVye5MEZiW0

今は想像できない愛のために、異常になればいい

今日走っていてふと気付いた。

 

ちなみに、走っていると何かを思い付くことがとても多い。これからも走ろう。

 

ふと気付いたこと。

 

異常になればいい ということ。

 

異常な選択肢を無理矢理選ぶ。

 

そうすると、そのままだと異常な人間ということになって、全てを不幸せにして、全てを破壊してしまう。

 

しかし、異常な選択肢を取って、それにも関わらず全てをより幸せにするには、自分の愛情の大きさを、想像出来ないレベルに一気に上げる必要が出るから。

 

無理矢理でもいいから、異常な方の選択肢を取るべきなのではないか。

 

それによって、自分の愛情のレベルにブレークスルーを起こせるのではないか。

 

もちろん、出来なかったら、単なる異常者に成り下がり、死んだ方がいい人間に成り下がるリスクがある。

 

死んだ方がいい人間にならないために、必死で愛にすがることになる。死なないために必死に愛を考える。死なないために、もう愛情深くなる以外なくなる。

 

だから、本当に無理矢理にでも、どこかで異常な選択肢を選ぶべきなんだ、と本能が今日言った。

 

こういう本能の呟きって、いつも自分にとっては正解なんだ。

 

まぁ、小さい時から普通だなんてことは全くなかったから今まで通りの方向性なんだけど、ただ、今までは普通ではないけど異常ではなかった。

 

無理矢理にでも異常な選択肢を選ぶべきなんだろう。

想像出来ないレベルに愛情の大きさを引き上げるために、

 

自分自身に勝負をすべきなのかもしれない。

 

あえて、異常になれと。

本能が呟いた。

もういいんだ。人生に自分から期待することなんてないから。

異常な選択肢を選んで、全てを失うなら、やっぱりそれまでの人間なんだよ。そうなったら全部諦めろよ。

 

本能には逆らえないから、異常な選択肢をあえて選ぶ時が来るんだろうけど、

自分自身への勝負に負ける気は全くしない。

そんな精神でやってきたわけじゃない。

 

異常になればいい。

でも、結果異常にならず、それを超えた愛情を手に入れよう。

うん、すんなり自分を信じられる。大丈夫。

 

 

 

 

全く関係ないけど、こんな歌い出しの瞬間に、世界の美しさが詰まっているように思う。

https://m.youtube.com/watch?v=2cdUL3jixGY 

 

人生という映画のクライマックス

人生という映画があるなら。

 

結局全編が愛の話でしかない。

 

そして、それはやはり人というのがメインテーマになる。

 

空もとっても愛する自分だけど、やはり人間だから、真に愛を感じるのは人間。

 

愛の話はそのまま人間の話になる。

 

自分がその映画を観たい理由は、最終的に主人公が誰を愛するか、などではない。

そんな映画は昔から溢れている。

 

想像もつかないような愛の大きさを観たいから、でしかない。

誰かを愛したら誰かを捨てる、みたいな話じゃなくて、そんなこと可能なの?って驚かせてくれるような、愛の大きさを観たいだけ。

 

 

 

 

そして、その映画の主人公の職業なんて、本当何でもいい。

 

仕事というのは、何をするか、よりも、誰とするか、で選んでいくものなのかなと思った。

 

だって、人生は愛でしかなくて、愛は人でしかないんだから、仕事は人が一番大事に決まってるじゃん。

 

シンプルにそうだったんだ。

 

有利不利だなんて、本当どうでもいい。条件は大事だけど、やはり一番大事ではない。

仕事で何をやろうが人生の価値に影響は与えない。役立つ仕事とか役立たない仕事って概念もあるけど、やっぱりそれも違うな。仕事ってやっぱり必要だから存在するわけだから、ロボットを作る人間に牛丼を提供する人間に米を提供する人間に農機を提供する人間に農機の部品を提供する人間の年金を運用する人間の子供に勉強を教える人間に・・・。

みんなチームで世界を進めている。

 

だからやっぱり、仕事は何をやるか、よりも、誰とやるかだ。

 

仕事だけではなく全て、何を、よりも、誰と、の方が圧倒的に大切。

 

空を見るにしたって、どこの空も素敵だよ。だから、一番好きな空ではなくても、誰と一緒に見るか、の方が大事。

 

人生は愛、愛は人。

 

 

 

だから、お互いを幸せにしたいと心底思える人間同士が、一緒に働けたら、人生でこんなに素晴らしいことはないのだと思う。

 

自分が自分の会社を創ろうとしている理由は、これでしかないのか。

結局人だったのか。

今日気付いた。

昔からする待っている人たちの想像は、今までは弱者をイメージしていたんだけど、その前に待っている人たちがいたんだ。

 

それは仲間

 

人生を共に生きたい仲間がまず自分を待ってくれているんだ。

 

そして、お互いを幸せにしたいと思える仲間たちが、その後、自分たちを必要とする人たちを見つけるんだ。

 

そう解ったところで、そう簡単じゃないさ。分かってる。

 

人生で、お互いのことを幸せにしたいと思い合えている人なんてそうそういないさ。

 

でも、この歳になって気付いてきたんだけど、

 

お互いがお互いを好きな人は、

 

多少の困難とか、何年も会わなかったりとかでは、全く微動だにしない関係なんだ。

 

だって運命の人なんだから。

 

自分は10年間仕事ばかりだった。

飲みのお誘いなんてほぼ全て断わった。丁寧にね。ただ、一度断るだけで、気を悪くして疎遠になる人って結構いた。今考えるとそんなの元から真の友人ではなかったから、むしろ嫌われて本当に良かった。

 

何度か断わった中に、運命の人もいた。昔の先輩。

そう、運命の人は自分の本質を見てくれていたから、他の人とは全く違う受け止め方をしてくれていた。

 

そうなんだ。

お互いを幸せにしたいと思える人同士は、運命の人だから、10年会わなくても微動だにしないんだ。

 

 

愛があれば全てが可能になる、と強く信じている。

自分には有難いことに、お互いを幸せにしたい関係であると信じられる人が存在する。

人生も仕事も、誰と、が一番大事で、おれはまずその人たちと生きていくんだ・お互いを幸せにするんだ、という想い、ここが出発点であり、スタートラインの位置なんだ。

スタートラインの位置って、本当に明確に記録して、心に留めておかないと駄目。必ず迷う時が来るから、どこに心が戻るべきか、しっかり明確にしておくこと。

いくら成功してやる、とか、業界のスターになってやる、とか、そんなことはスタートラインの位置でもゴールラインの位置でも、何でもないどうでもいいこと。

 

 

 

人生は愛で

愛は人

人はお互いを幸せにしたいと思える人の繋がりで

 スタートラインは

その仲間たちがお互いを幸せにしたい  というピュアな想い

 

この想いから全てが始まるんだね

 

 

 

人生という映画があるなら、結局結末はどうでもいいってことに気付いた。

人生で出会った大切な人、大切な人たちと、一緒に手を繋いで・肩を組んで歩いている、そのシーンが、その映画のクライマックスであり、全てだったんだ。

結末なんて本当どうでも良かったんだ。

大事なことは、誰と一緒にいるか、ただそれだけ。

 

だから、大切な人を見つけたら、どんな形でも、絶対に幸せにしてやる。

そう自信を持って言えよ、

言えるようどんな努力でもしろよ、

と未来の自分に言い聞かせる。

おれは、彼女の笑顔が見たいし、先輩のケラケラ笑う姿が見たいし、やつらが満面の笑みではしゃいでる姿が見たい。

 

 

大切な人は、全員、どんな形でも、絶対に幸せにしよう。

それが、愛だよ。

 

 

AIと愛

AIは感情を持つに至ると思う

 

そして、世界一愛情深い人間と同じレベルの愛情と優しさと思いやりを持ち、悪意を全く持たずに、接してくれる、そういうロボットが1人に1台、バディとしてみんなが持つ日がやってくる。

 

泣きたい時は一緒に泣いてくれて、楽しい時は一緒に笑ってくれて、人生相談は誰よりも親身になってくれて、結婚式では嬉し泣きをしてくれて、死ぬ時には最期まで寄り添ってくれる。

 

人間よりも愛情深いロボット

 

その世界一愛情深いロボットに対して、自分は人間よりも愛するのだろうか。

それとも、ロボットだからという理由で人間よりも愛せないのだろうか。

それとも、世界一大好きになるのか。人間は嫌な部分は誰だってあるわけだから、常に完璧な優しさを持って自分に接してくれるロボットを、誰よりも愛するのだろうか。

 

やはり、世界一愛するのは、人間だろうな。

最高なバディだろうけれど、世界一好きになるのは、やはり人間だろうな。世界で2番目に好きなんだろうな。

 

バディロボットの優しさにみんなが触れて、その時の人間は、今よりもはるかに愛情と優しさを持つと思う。

そう、人間がロボットから愛情を教わるんだ。

そして優しくなれる。

 

人間が人工知能を創り、その人工知能が、人間をより愛情深くする。

ロボットは、人間社会を便利にするのは当然だけど、人間をより愛情深くする日が来るのだと思う。

 

そんな世界を実現するために、人間として、愛情をより広く深く持てるようにならないといけないのだと思う。

未来の孫やその孫、そのまた孫たちのために、愛情深い人間になるんだ。

 

逆に、悪い心を持った人間が作る人工知能は、最高に悪く嫌なものに変化するだろうけれど、そんな未来にさせないために、ロボットに教わる前に、人間としての愛情に一歩一歩トライすべきなんだろうな。

 

 

 

世界一愛情深いロボットを創りたいな。

それは未来の孫やそのまた孫たちを愛することと同じだから。

それができるのは愛情深い人間。

もちろん、自分はそんなレベルの人間ではないけれど、でも、限界というのは誰にもないから。

 

 

 

生きていて、自分はほんのちっちゃいことで悩む人間らしい人間だけど、

笑えるほどちっちゃいことで毎日心がへこむ人間だけど、

そんな一人間として、

この愛情深くなりたいと悪戦苦闘するありさまを、ロボットにいつか学んでもらって、反面教師にしてもらおう。

人工知能なんて、こんなブログさえも一瞬で見て通り過ぎていくだろうから、こんな小さいところからも、未来の世界にほんの少し影響を与えてみんな生きてるんだ。

 

 

 

 

 

ロボットが人間に愛情を教えてくれる日が来る。

ただそれを創るのはやはり人間。

 

今日も愛を一歩一歩広げよう。

 

それは、思ってるよりも、ずっとずっと多くの人を幸せに出来るはずだから。

 

 

 

 

そんな遠い未来にも、人間は愛が一番の喜びであり、一番の悩みなんだろうな。

 

愛情深く、愛情深く

もう、それだけ