フェアであること それは神様との約束

因果応報、という言葉もあるけれど、

フェアであることなしに、誰一人として真に幸せになんてなれない と思う。

 

フェアであることを壊すと、短期的には得をする人、損をする人 の2つに分かれる

 

しかし、長期的には、どちらの人の人生にも同様な損失を与えて終わるのではないかな

 

フェアでないならば、

必ず見えないバランスが徐々に壊れてゆき、

幸せは崩れてゆく。

 

幸せが続くのは、

どんな相手、状況であれ、

お互いが相手のことも考えるフェアな思いやりが必要

 

宇宙は、大きい視点でも、小さいミクロな視点でも、

見えないバランスで支えられている。

 

そのバランスの中では、フェアであること、以外のことは長期的に存在し続けられないはず。

 

自分たちが生きている宇宙は、物理的にも、等号式の連続で、"フェア" な概念で成立している。

 

物理的だけではなく、それを超えた、精神的な世界でも、

フェアであること、

それは神様との大切な約束ごと  なんだ。

 

フェアではない場所に、幸せは生き続けられない。

 

すぐ、バランスを失って、枯れて、壊れてしまうんだ。

 

 

 

人間も、宇宙も、動物も、植物も、

全て、フェアであることによって、初めてバランスされて、

 

そこに  幸せ  が育まれる。

 

 

 

お互いがお互いの幸せを想い、

見えない精神の世界に、愛と幸せのバランスを創ってゆき、

どこか1つバランスが一時的に崩れても、

みんなのバランスの中で支えてあげて、

また失いかけたバランスを取り戻し、

新たな仲間を見つけてゆき、

そのバランスの輪を広げてゆく

 

大きくなったバランスの繋がりは、

もうちょっとやそっとじゃ壊れない、

 

愛と、笑顔と、幸せ  の輪  になりました。

 

 

 

 

 

そういう人生にできたらな。

 

 

 

そして、それは、自分が死んだ後も、

時と共に色褪せることなく、

温かみを増しながら、

輪が広がり続ける。

 

 

 

 

フェアであること

それは神様との約束

 

宇宙と精神の世界の、大切な約束であり、決まりごと

 それなしに、温かみのある愛は存在できない。

 

生まれる前に、みんな神様と約束していて、

相手を思い、相手から思いやられる中で、

素敵な繋がりを、1つ1つ創っていきたい。

 

 

それを、生まれる前に、神様と約束したはずだから

 

 

 

 

 

愛の反対は

愛の反対は

 

嫌悪ではなく、

 

不安。

 

自分は不安と親友。もう、人生不安と一緒に生きてきたようなもの。

 

愛が足りないということでしょう

 

ふとした瞬間に凄く不安になる

 

その度に、愛が足りないからだと言い聞かせ、心の中の愛を増幅させてみる。

 

愛が大事、って言うのは、

 

それが一番自分が足りないからだと

 

一番必要だからだと

 

分かってるから。

 

なんでこんなに不安になったりするんだろう

 

病気なのかな  これが普通なのかな

 

なんでこうなるかは何となく想像できるけど、本当のところなんでかは分からない。

 

とてもとても弱い人間であることを自覚し、

 

でも、愛が心に溢れれば、

 

不安なんてなくなるはず

 

愛を語るのは、愛が足りないからでしょう

 

なんでふと不安になってしまうのだろう

 

本当、人って、弱いものだね

 

でもでも、不安と親友で、

 

後悔はないな。

 

そうじゃなきゃ理解できないことがあるなら、

 

自分が不安になるのが、悪いことだとは思わない。

 

 

 

 

 

 

感覚は広げられるのか?

昨日あれからふと気付いた。

 

一人だったからだって。

 

あの場を家族と歩いていたら、子供が走り回るのを少し心配している自分がいるし、会話もしていたら、周りの風景も、音も、すれ違う人も、全て背景でしかなかったはず。

 

気付いた。

 

人の感覚は、結局1つに集中していて、複数のことを同時に受け切れない。

 

子供が走り回るなら、子供

 

誰かと会話しているなら、その相手

 

一人で、時間に急かされず何の目的もなく散歩しているなら、その空間全体

 

感覚が集中できるのは1つなんだと思った。

 

感覚は広げられたら、本当は素晴らしいんだけどな。出来るかな? 子供が車道に出ないか心配しながら、風鈴の音に気付けるかな。

 

自分はずっと昨日みたいな気持ちになるのが難しかった。

 

何はなくとも、世界が美しいから、

 

家族が一緒に歩いてくれていてもいなくても、

 

誰かが話し相手になってくれていてもいなくても、

 

世界が美しくて、一人になったら初めてその美しさをより感じることが出来るんだから、

 

やっぱり、何は無くとも、世界が美しいから、一人ぼっちだって全然捨てたもんじゃない。

むしろ、一人であることでしか受け取れない宇宙からのプレゼントもあるんだ。

それはもしかしたら、自分には一番のプレゼントなのかもしれない。

 

そう、大学の図書館にしかいなかった日々が人生で一番幸せだったように、

 

一人という暗闇の中で、

 

星が本当に美しく輝いてくれることを、

 

自分は知っているから。

 

 

 

周りから見える幸せの概念なんてどうでもいい。

 

周りから不幸せそうに見られても、人の幸せには何も影響しません。

 

幸せは自分の魂が決めるだけ。

 

 

 

世界はやっぱり美しいよ。

 

真っ暗であっても絶対に。

 

 

何は無くとも、世界は美しい

久しぶりに家に一人ぼっちの夜

 

普段子供がいるから、週末夜遅くに散歩なんてしたことないけど、

 

夜10時、なんだか夏の夜に誘われた気がして、一人ペットボトル片手に散歩をした

 

幸い、家の近くに広い歩道と、人通りも車通りも少ない、緑が程よく調和している道がある

 

蒸し暑くなく、ポロシャツにジーンズ、たまにサラリと風が包んで、

 

冷房には感じない優しい空気感

 

スズムシかな、緑の中から、ずっと鳴き声が聞こえて、

 

りー、りー、りー、りー、りー

 

一人で歩く自分を寂しくないようにしてくれてるみたいに優しい鳴き声

 

たまにすれ違う人は大抵カップルで、

 

みんな幸せそう。うんうん、いいね。お幸せに。って心の中でつぶやいてみる。

 

ふと風鈴の音が聞こえて、

 

こんなところに居酒屋さんがあったんだ。お洒落な木造一軒家で、薄暗い光が基調のカウンターだけのお店は、すっかり風景に溶けこんでいて、今まで気づかなかったけど、

 

風鈴の音が教えてくれた

 

みんな幸せそうに飲んでる。うんうん、いつか来たいな。本当みんな幸せそう。

 

水が流れている場所も現れて、

 

サラサラサラサラ

 

涼しげに流れて癒やしてくれた

 

 

 

目を閉じたら、

 

ここは天国なのかもしれない

 

今まで、全く気付かなかったよ

 

 

 

何は無くとも、世界は美しい

 

普段、時間と戦って生きていると

 

同じ場所なのに、頭の中の思考が、周囲の美しさをシャットダウンしてしまっていたんだね。

 

 

世界は美しい

 

奇跡によって遥かなる宇宙の中で今を生きていて

 

生かしてもらい

 

世界は美しいなあ、って

 

心から思えるなんて、

 

一人だけど、一人だからこそ気付く、

 

 

 

 

何は無くとも、

 

本当に世界は美しい

 

ありがとう、生きていることだけで、本当は目一杯感謝しないとね。普段忘れてしまうから。

 

 

 

 

世界は美しくて、何もなくっても、生きているだけでありがたいです。

ありがとう

 

 

 

 

 

今生きているこの世界

なぜ生きているか

 

何のために生きているか

 

自分は一年前に、人生で初めて答を出せた。

 

それは今度備忘録としてここにも書くと思うけれど

 

それは、今生きているこの場所を俯瞰して見られたことから始まった気がする。

 

それはとてもシンプル

 

時系列では、137億年前に宇宙が生まれた。地球は46億年前

 

大きさでは、宇宙は可視可能な範囲だけで直径930億光年。それ以上は観測できないからどれだけ大きいかは分からない。しかも、ビッグバンの時に、宇宙は、複数生まれた可能性もあるとの話。

 

もう、シンプルなんだ。

 

自分は、とてつもなくとてつもなく大きくて、とてつもなくとてつもなく長い時間存在する空間  の中で、ある一瞬、宇宙の目にも見えないほど小さいここ太陽系地球の地で、生きている、本当に小さな存在なんだ。

 

その理解から始まった。

アメリカの大統領も、世界一の金持ちも、もう、宇宙からしたらその存在が小さすぎて見えない。

 

では、そんな中で何のために生きるべきなのか。

 

続きはまた今度。

 

 

このとてつもなく大きい空間で、とてつもなく長い時間の中で、

 

人と人が出会うなんて、

 

全ての出会いは本当に奇跡としか言いようがないね。

 

宇宙という途方もない存在に抱かれて、

もう全てが奇跡のような話なのかもしれない。

 

もう途方もないからこそ、神様がいたっておかしくないし、

 

神様に届くような生き方を、やはり一歩一歩、していきたい。

 

全て奇跡だから、何事にも、より感謝して生きようと。

 

メンター

備忘録

 

夢を持った人々の人生のメンターでありたい

 

子どもたちの人生のメンターでありたい

 

弱者の人生のメンターでありたい

 

人々が、自分らしく生きて、それが同時に、他人のためになる。

 

そういう世界へと導くメンターが、この世界に必要だと思う。

そういう人間が、みんなの人生で一度は必要だと思うから。

 

 

 

 

Rolling Stone

転石苔むさず

 

転がり続ける石には、苔は生えない。

 

苔が生える人生にはしたくない。

 

理想を抱き、理想にチャレンジし続けて、転がり続ける石のように。

 

苔が生えるのは、人生最期の一カ月くらいでいいかな。

 

この言葉にはネガテイブな意味もあるけど、それは気にしません。全ての物事に二面性があるから。

 

 

大学一年生の冬を思い出した。

 

予備校の高校三年生のクラスのチューターをやっていた。一年間相談を受けてきたクラスの受験生を前に、受験前の最後のクラスで話したね。

 

天国があったとしても、自分は現実のこの世界にいたいな。天国に行ったら、受験も、嫌なことも、ストレスも何もなくて、さぞ快適だろう。でも、想像したんだ。何不自由なく、明日も明後日も、来る日も来る日も全てが思い通りになる平穏な日々が続いたら、どう感じるだろう?

 

あの時の自分は、嬉しいことにも嫌なことにも沢山出くわす、現実の世界の方が、天国よりも輝いて見えた。今でもそう。

 

Rolling Stone

 

転がり続けると傷付いて痛いけど、苔が生えて生きるより、何かに向かって転がり続けて傷だらけの石のようにありたい。

 

苔のついたお寺の石は趣深いけれど、シンパシーを感じない。

 

傷付いて道ばたに転がっている石に、自分はシンパシーを感じるし、愛おしい。

 

その背負った傷が多いほど、愛おしく思う。

誰の傷にも心が引くことなんて人生で一度もなかった。自分が傷だらけだからだろうか。

 

 

転がれば転がるほど沢山傷付くけど、

 

傷の数だけ優しくなって、

 

傷を持った人の痛みが理解出来て、

 

傷付くことをけして恐れない

 

理想に向かうrolling stoneでありたい。