どう生きるべきなのか

恐ろしい程速く過ぎる時間の中で、どう生きるべきなのか。

 

それは自分の心に聞けばいい。人それぞれだから。

自分の心は、人を創りたい、と言っている。

だから、それが本当にやりたいことなのだろう。

 

宇宙は誰も理解していないくらい大きくて、しかも1つではないかもしれないし、そんな適当な形容詞も見当たらないくらい大きい空間の中で、規模を追い求めるのは意味の無さを感じてしまう。

もっとオンリーワンで、世界に残り続けるような何か。

そういうものを創りたい。

 

規模的なものは、自分が死んだらすぐになくなると感じる。

いくら大企業を作ったとしても、とても儚いものだと思う。

松下幸之助なら、彼の作った企業というよりも、彼の言葉の方が感じるものがある。

 

 

言葉にするのは難しいけれど、規模ではない、でも、質的に、虹のようなイメージで、誰もが好きになり、笑顔になり、見習いたくなり、そこから生き方を学ぶこともでき、探したくなり、ずっと残っていて欲しいと思う。

存在するものならディズニーのようなものか。

 

そういうものが創ることができれば、どういう形でも素晴らしい。

自分の心がそう感じるから、そうなのだろう。人それぞれ。みんな違うだろうけど、自分にとってはこういうことなのだろう。

 

資本主義のど真ん中で生きてきて、世界の構造を理解し始め、世界の未来を描き、しかし、描いた100年後の世界には自分は存在しない。

何とも儚いけれど、そういう定め。

 

いろんな会社を見てきて、盛者必衰の理というのをまさに感じるし、規模にもやはり無常を感じる。

 

だから、人を創りたい。

 

→そのためには何が必要なのか?

→影響力なのか? 学校を創ることなのか?

 

自分の場合は、まず、自分の会社を創ろう。

そこから全てを始めればいい。

まずそこは間違っていないと思う。

 

そして、その次のステップは、その時に考えよう。

1年後の自分は常に今よりも情報と判断力が高まっているはずだから。

 

そう、だから、当面考えるべきは1つ。

独立して、成功させよう。

 

王貞治の本を見て、神様に届くほど努力したか? という言葉をずっと大切にしてきて、届いているかは分からないけれど、少しは近づけたかもしれない。

 

結果がどうなるかなんて分からないし、それはあまり問題ではないかもね。

とにかく、考えて、考えて、考えて、それに向かって神様に届くほど努力しよう。努力し続けよう。

 

真に努力できたなら、その結果は、何であれ、成功以外の何物でもないから。