感覚は広げられるのか?

昨日あれからふと気付いた。

 

一人だったからだって。

 

あの場を家族と歩いていたら、子供が走り回るのを少し心配している自分がいるし、会話もしていたら、周りの風景も、音も、すれ違う人も、全て背景でしかなかったはず。

 

気付いた。

 

人の感覚は、結局1つに集中していて、複数のことを同時に受け切れない。

 

子供が走り回るなら、子供

 

誰かと会話しているなら、その相手

 

一人で、時間に急かされず何の目的もなく散歩しているなら、その空間全体

 

感覚が集中できるのは1つなんだと思った。

 

感覚は広げられたら、本当は素晴らしいんだけどな。出来るかな? 子供が車道に出ないか心配しながら、風鈴の音に気付けるかな。

 

自分はずっと昨日みたいな気持ちになるのが難しかった。

 

何はなくとも、世界が美しいから、

 

家族が一緒に歩いてくれていてもいなくても、

 

誰かが話し相手になってくれていてもいなくても、

 

世界が美しくて、一人になったら初めてその美しさをより感じることが出来るんだから、

 

やっぱり、何は無くとも、世界が美しいから、一人ぼっちだって全然捨てたもんじゃない。

むしろ、一人であることでしか受け取れない宇宙からのプレゼントもあるんだ。

それはもしかしたら、自分には一番のプレゼントなのかもしれない。

 

そう、大学の図書館にしかいなかった日々が人生で一番幸せだったように、

 

一人という暗闇の中で、

 

星が本当に美しく輝いてくれることを、

 

自分は知っているから。

 

 

 

周りから見える幸せの概念なんてどうでもいい。

 

周りから不幸せそうに見られても、人の幸せには何も影響しません。

 

幸せは自分の魂が決めるだけ。

 

 

 

世界はやっぱり美しいよ。

 

真っ暗であっても絶対に。