極限まで生きることを愛せるように

自分は何度か真剣に悩みながらも、これまでは日本の東京の真ん中当たりに生きることを選んできた。

仕事が理由

 

でも、秋に入って、昨日も最高に気持ちの良い空を見て、

 

なんだか、心を完全に奪われた気分

 

もし今、死ぬまで同じところで生きないといけないと言われたら、今まで一番綺麗だなと思った空の下で生きたい と思った

 

こう、ふとある瞬間に心が呟く欲求  これこそが本当の自分が一番求めているものだと思う

 

あれこれ考えてこれにする  って決めたりするのが大半だけど、

 

自分が本当に求めてるものは、考えないでふと出てくる

 

もう、ふとした瞬間心が呟くんだ

 

 

昨日みたいな空に、心を奪われる

 

心を奪われる、という表現を生きていて使えるなんて、なんて素敵なことなんだろう

 

心を奪われる

 

だってもう、何も考えずとも本能的に好き過ぎて、あぁ大好き、って全身で思っちゃうってことだから、こんな素敵なことはないよね。

 

だから、自分にとって、空が、いかに大切か分かる

 

仕事は自分以外の人々のために、まだ見ぬ人々も含めて頑張っているのかな

 

明日全て辞めて、

一番綺麗な空に何も持たずに行っても、

それはそれでいいと思ってる

 

本当はそうしたいのかな

 

 

 

冒険家に真剣になりたかった時もある

 

幼少期から、自分は人間がとにかく汚ない心が持った人が多いということを目の当たりにして生きてきた。

明日朝、目が覚めませんように、と思って眠りについた日々もあった。

 

だから、自然が心の救いだったのかもしれない

 

まだ、冒険家の道を捨てたわけでもない。

 

いつでもなれる。

 

 

 

生きたい場所は、一番綺麗な空の下

 

仕事柄、未来を想像して描く

 

そうしてると、なんかもう、100年後の世界を疑似体験したような気分になっていて、

 

新しいことが、全く新しく感じなくなる

 

だから、技術の発展に仕事上興味はあれど、

 

心はもう反応しない。

 

イーロンマスクがある日火星に人類を送っても、あれ?まだだったっけ?って本当に思うくらい先を考えてしまっている。

 

しかし、自然だけは違う

 

気持ちのいい空が目の前にぱーっと広がった時、

 

もう、未来で待ってるかもしれない人に、ごめんなさい

 

心を奪われちゃいました

 

と言いかける

 

悩ましい、実に人生は悩ましいことだらけ

 

しかし、しかし、

 

心は奪われるけど、

 

魂はまだ揺らがない

 

そう、どっちか、じゃないんだよね。

 

既存の常識の中で、二者択一の考え方を人間はしがち

 

でも、本当にそうなの??

 

どちらも取れないの??

 

常識の中で取れないと思ってるだけなんじゃないの??

 

 

よし、どっちも取ろう。

 

いや、どっちもどころじゃないな

 

大好きなもの、全てだ

 

二者択一も何もない。いやいや常識でしょ?も何もない

常識は自分の中でゼロから創る

 

仕事も、空も、ぜーんぶ、今愛そう。

 

ぜーんぶ、今、

後じゃなくて今、

愛そう

 

愛が足りないから、二者択一とかそういう概念に追い込まれるだけなんだよ。

心底、ぜーんぶ、命を懸けて、本当に死んでもいいって言えて、口で言うだけの卑怯者では絶対になくて、自分の腹に実際に切腹刀を突き付けられる覚悟があるなら、

そのくらいの覚悟を持った愛を持てたなら、絶対に全部、今この瞬間から愛せるはずだ。

出来てる人間が世界に数人くらいしかいないから、出来るってことに気付いていないだけだ。

 

 

 

 

魂と心がつぶやく言葉に

 

それに100%素直になる

 

魂と心がやりたいと言うこと

 

それだけは絶対にごまかさないで、忘れないで、

 

一番大切にして生きよう

 

そして、何事も二者択一ではなくて、何も捨てないでいいんだから、いわゆる常識を極限まで疑って、いや、疑う時点でもう常識に捕まってるから駄目で、完全にまっさらな白紙のピュアな真っ白な状態から自分オリジナルな愛の形を創りあげ、

 

この一度きりの、一度しかない人生を、

 

そして、放っておいたら、誰もがあとちょっとで死んじゃうくらい短い人生を、

 

 

 

 

極限まで愛せるように。